【糸島】謎に包まれた「雷山神籠石跡」で、風に吹かれて気ままに歴史散歩

【糸島】謎に包まれた「雷山神籠石跡」で、風に吹かれて気ままに歴史散歩

皆さんは「雷山神籠石(こうごいし)跡」という場所をご存知でしょうか。

名前だけ聞くと、「何だか神々しい石が置いてあるのかな?」と思ってしまう方もいるかもしれません。

筆者もはじめはそうでした。

しかし調べていくうちに、これは築城年、城の名前、築城目的などが不明な古代山城の跡だと判明。

歴史が好きな筆者にとって、この情報は十分に興味をそそるものでした。

いつものように「涼しさ」と「歴史ロマン」を求めて、筆者は雷山神籠石跡への旅に出ました。

築城年、城の名前、築城目的が不明で謎に包まれた古代山城の跡「雷山神籠石(こうごいし)跡」

アクセス

「雷山神籠石(こうごいし)跡」を訪れるには、以下の3種類の方法があります。

①不動滝(ふどうのたき)に向かう途中の分岐点で神籠石の方に曲がり、そこから0.6キロ歩く。歩く距離の総計は1.8キロほど。
②雷(いかづち)神社の駐車場に車を停め、そこから3キロほど歩く。
③「雷山神籠石跡」の西側にある連続カーブを自転車やバイクで走り、神籠石跡の手前で停めて歩く。この場合、歩く距離は数百メートルですみます。

①の場合、不動滝への道に入るまでにあらかじめバスや自転車、バイクなどで「藤坂橋」というバス停まで行く必要があります。

自転車の場合、藤坂橋まで、筑前前原駅あたりから1時間程度かかります。

筆者は「不動滝」を訪れたあとにそのまま山の中を通って雷山神籠石跡を訪れたので、①の方法を取ったことになります。

 

雷山神籠石とは

ここで「雷山神籠石」が何かについて、簡単に説明しましょう。

雷山神籠石とは、かつて筑前国怡土郡の雷山中腹(標高400~480メートル)にあった古代山城のことです。

今は一部の城壁や水門が跡地として残っています。

築城年や正式な城の名前、目的などは不明で、謎に包まれた場所です。

雷山神籠石跡は1932年(昭和7年)3月25日、国の史跡に指定されているとのこと。

それでは次章以降、雷山神籠石跡に向かう道中の様子をお伝えしていきます。

 

不動滝へ行く道の途中から向かう

不動滝に向かう途中で、雷山神籠石跡につながっている道を発見。

分岐した先の道は上り坂で、道幅も狭いので気をつけて歩きましょう。

少し上り、カーブを曲がった先には木の階段がありました。

しかし可也山のようにたくさん段があるわけではなく、数段だけあります。

道が合っているという目印にはなるので、進んでいる途中で見つけたら安堵してください。

 

しばらく険しい道が続く

木の階段を越えると、急に道が険しくなってきました。

道幅が狭い上り調子のカーブがこの先、延々と続くことになります。

道を見ると、人が通る道というよりは、まるで獣の道でした。

筆者は恐怖を紛らすために、大声で「エッホ!エッホ!ワッショイ!ワッショイ!」と叫びながら進み続けました。

 

水分と塩分の補給を忘れずに

険しい地形と繰り返す絶叫のおかげですぐに喉が渇き、この山道を抜けるまでに5回も水分を取りました。

しかし地形が地形ですから、たとえ絶叫していなかったとしても、喉は渇いていたでしょう。

山道では水分不足は致命的になるので、喉が渇く前に水分を取るように心がけましょう。その際、忘れずに塩分も取ってください

水分だけ取っていると、またすぐに喉が渇きます。

そうやって頻繁に水を飲んでいると血液が薄まって動けなくなったり、持参した水が空になったりする恐れがあります。

山中で飲み水がなくなるというのは、かなりの恐怖です。

実際に筆者は神籠石跡を長時間散策したために、山を出る前に水がなくなり頭痛に襲われながら下山する羽目になりました。

 

到着!北水門、北の列石線

上り調子の狭い道をグルグルと回るように上り続けていると、いつしか神籠石跡の近くまでやって来ていました。

雷山神籠石は築城年などが明らかではありませんが、663年の白村江(はくすきのえ・はくそんこう)の戦いで日本軍が敗北したあと、政治的緊張が高まり大宰府が設置されたのとほぼ同時期に築城されたと考えられています。

こちらは、北水門の跡。

こちらが、北側の列石線。列石線は加工した切石や、表面の滑らかな河原石(自然石)を並べたり、組んだりして列状に配置したものだそうです。

列石線は、少し離れた南側にもあります。そちらについては、後ほどご紹介しましょう。

北水門や北の列石線の近くには、鳥居がありました。

ここにはかつて「筒城神社」という神社があったようです。

「史蹟 雷山神籠石」と大書された石碑も見つかりました。近くにベンチがあったので、疲れたらここでひと休み。

雷山神籠石跡はここだけではなく、ここから南にある「不動池」という池をぐるっと取り囲んだ形になっています。

それでは、不動池とその南にある「南の列石線」を探す旅に出かけましょう!

 

気ままな散策

不動池に向かう道は、気持ちの良い林道になっています。

暖かい陽射しと涼しい風に吹かれて、気ままに歩いていきましょう。

途中でわき道にそれると、「領境石」という石がありました。

昔の時代にはここが、ある領地と別の領地の境目だったのでしょう。

 

不動池へ

不動池の横には600メートルほどの長い散歩道が伸びていました。

道の上ではセミが飛び交い、ときどき顔に激突することも。また、ところどころぬかるんでいる場所もあったので、ある程度の注意を払いながら進む必要があります。

不動池が見えてきました。まだ木々に隠されていて、見えにくいですね。

「もう少しで池がハッキリ見えるかな」

そう思いながら歩き続けました。

ところが、どこまで進んでも木々に遮られており、池の様子をしっかり見ることができませんでした。

どうやら池をしっかり見るには、別のルートを行く必要があったようです。

しかしこのまま諦めたくはなかったので、木々で覆われた斜面を降り、池の間近まで迫ってみることに。

そうして撮った写真が、こちらです。

水面に山と空が、綺麗に映っています。

まるで中国の梁山泊と梁山湖のような佇まいに、しばらく陶然としていました。

 

南の列石線

不動池を越えたあたりの道路脇に、南の列石線がありました。

南水門もこの近くにあったはずなのですが、筆者はここに来る途中でその存在自体を忘れてしまっていました。

列石線を見て反転し、不動滝の近くまで戻ったときに思い出したのですが、体力的に引き返す余裕がなかったので、南水門を写真に収めることなく帰還しました。

 

鳥居前の広場は、最高の空間

ここまで「雷山神籠石跡」の中にある北水門、南北の列石線、不動池について見てきましたが、いかがだったでしょうか。

不動池は雨上がりの日にはで、冬の寒い日には幻想的な光景を現出するようです。

今度そういった天気の日にも訪れてみたいと思います!

さて、雷山神籠石とは1400年近く前に築城されたとされる古代山城のことでした。

そんなに昔に作られた建物の遺構が、一部とはいえ今も残っているのは本当にすごいと思います。

そして1400年前、この場所にどんな人がいて、どんなことを考えていたのか。とても知りたくなります。

北水門や鳥居、ベンチのある一帯は広場になっていて、とても心地よい空間でした。

こちらの広場は、本当に清らかで最高の空間です。

皆さんもぜひこの「雷山神籠石跡」を訪れて、涼しく歴史ロマンにあふれたひとときを過ごしてみてください。

INFORMATION

店名:

雷山神籠石跡

住所:

福岡県糸島市雷山

※記事内の情報は記事執筆時点のものです。正確な情報とは異なる可能性がございますので、最新の情報は直接店舗にお問い合わせください。

 
WRITTEN BY
おぬま

おぬま

歌って踊る学生ライター

九州大学文学部の3年生。興味を持ったことは、とことん深めるタイプ。 今ハマっているのは、筋トレと瞑想と踊り。 YouTubeチャンネル「おぬまのダンスパラダイス♬」やブログ「おぬまの糸島探検記」を運営。 日本語検定1級、漢字検定準1級。