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meets vol.5|新三郎商店株式会社 代表 平川 秀一
糸島で活躍するクリエイターや事業者など、町にとってポジティブな影響を与える人へのインタビュー企画です。
心ある人の考えや取り組みを発信することで、糸島を今よりもさらに好きになってもらうことを目的としてお話を伺っています。
第5回目となる今回は、またいちの塩で知られる「新三郎商店」代表・平川秀一さんにインタビュー。
玄界灘を臨む製塩所「工房とったん」で、塩作りに込めた思いや、海の環境を守るための取組みについてたっぷり語ってもらいました。
meets vol.5|新三郎商店株式会社 代表 平川秀一
———「しおをかけてたべるプリン」は、若者を中心にとても人気がありますね!
ありがとうございます。11年ほど前、全国的に「塩スイーツ」がブームになっていた時に「せっかく塩作りをしているんだから何かできないか」と考えて生み出したのが「しおをかけてたべるプリン」でした。
当時、塩キャラメルやロールケーキなど、塩入りや塩がかかっている商品が主流だっだ中で、後から塩をかけるというのはかなり斬新なアイデアだったと思います。
卵をはじめ、素材にもこだわって地元・九州のものを使っています。
多い日には2,000個以上売れることもありますね。SNSの効果もあってか、プリンがきっかけでたくさんの人に塩そのものも知ってもらえるようになりました。
———塩作りを始めようと思ったきっかけを教えてください。
起業する前は、料理人としてカナダやスウェーデン、イギリスと色々な国を渡り歩いていました。
海外で生活する中で、特に欧米なんかはサラダ用のドレッシングってほとんど使わないんですよ。塩と酢とオイルを好きに混ぜ合わせる、それだけ。
それだけなのに、なぜかすごくおいしいんです。塩がおいしいからだと気づいて、そこで興味を持ちました。
帰国後、日本料理を学ぶ中でも塩は重要なものでした。料理において、塩が果たす役割はとても大きい。塩によって料理の味が変わってしまうと言っても過言ではありません。
若い人にはあまり知られていませんが、日本では、塩はもともと専売法があったので国しか作れませんでした。1997年のタイミングで制度が廃止されて、自由に塩を作れるようになって、これはチャンスだと思いましたね。
料理と塩作りは、一見するとかけ離れているようで、実はとても似ています。どちらも根底にあるのは、食べた人に「おいしい」と言ってもらって、こちらもうれしい気持ちになること。
自分としては、起業したという感覚よりも、人を喜ばせる方法をそれまでの料理から塩に変えただけだと感じています。
———今や糸島を代表する企業の1つですが、塩作りを始めるにあたって、この場所を選んだのはなぜですか?
祖母が糸島の出身で、僕自身も子どもの頃からよく知っている土地でした。
現在、製塩所のあるこの場所が、南向きの海で塩田に太陽の光がよく当たるということ、そして再生燃料が手に入りやすいという条件で選びました。
何より1番は、塩作りに欠かせない海水の質が非常に良いということです。
玄界灘の内海と外海がぶつかり合っていて、牡蠣の養殖ができるくらい海の養分と海藻が豊かな海です。ここであれば理想の塩ができると確信しました。
———塩ができるまでの流れや工程を教えてください。
工房の奥に、立体式塩田という竹と木で作った塩田があります。高さは10メートルほどです。
まずは汲み上げた海水を上からシャワーのようにかけて、竹を伝わせながら天日と風にさらしていきます。この循環の過程で、約3%の塩分濃度の海水は9%ほどに濃縮されます。
次に、濃縮した海水を塩田から釜に移し煮詰めます。
大きな釜から小さな釜へと移しながら、何日もかけてじっくりと不純物を取り除きます。雑味の原因になりますからね。
その後ようやく塩の結晶が現れます。それを乾燥させて完成です。
環境に配慮して、作る過程の燃料には解体した家の木材や使用済みの天ぷら油を使っています。
———多くの手間と時間をかけて作っているんですね。
ほとんどの工程が手作業になりますので、大変といえば大変です。作っている最中は、従業員全員がただただ真剣に釜と向き合っています。
特に、立体式塩田の工程は天候に左右されやすく、普段は1週間から10日ほどで行う作業が、梅雨の時期になると1か月ほどかかってしまいます。
竹を使った立体式塩田というのも、とてもめずらしいそうです。
もっと効率的な方法もあるのでは?と言われることもあるのですが、僕としてはこれが1番自然に近いやり方だと思っています。
ネットやビニールを使っている所もある中で、有機物だけを使って作るという点にこだわりたいと思って。
食べるという行為は、人間誰もがすることじゃないですか。性別や年齢、人種も関係なく、おいしいものを食べればみんなが幸せになる。
「おいしい塩を作って、どんな人でも幸せにする」それが僕たちの仕事だと考えています。
だからこそ素材から妥協したくありません。有機やオーガニックを無理に押し進めたいわけではなく、安心して選んでもらえる素材を使いたいと思っています。
———現在に至るまで、苦労も多かったのではないでしょうか。
塩作りにおける試行錯誤というのはもちろん、集客や知名度の向上という難しさがありました。
塩作りを始めた当初、糸島は今のように人気があった訳ではなく、ほとんどの観光客が福岡の西区止まりになっていました。
今でこそ飲食店や雑貨店が続々とオープンしていますが、あの頃はオシャレなカフェなんて全然ありませんでしたよ。
ここまで来てくれる人は、いい意味で本当に変わった人ばかりでした(笑)。1日中お客さんが来ない日も普通にあったなあ。
塩っていうただでさえ分かりにくいものに関心を持ってもらうためには、製造方法からこだわりまで、包み隠さず見てもらうことが必要だと感じ、製塩所を誰にでも見てもらえるようにしました。
そうしたら、徐々に来てくれる人が増えていったんです。
きちんと理解してもらって、気に入ったら購入してもらう。塩のおいしい食べ方を知ってもらおうと「喫茶室 sumi cafe」や「ゴハンヤ イタル」も始めました。
プリンも含め、工夫して発信を続けたことが今の結果につながっているのだと思います。
美しい玄界灘に囲まれた半島の「はしっこ」というロケーションも気に入ってもらえたのかなと。とても穏やかな海なので、製塩所の仕組みだけでなく、この景色を楽しみに来る人もいます。
新型コロナウイルスの流行以前は、海外からも多くのお客さんが足を運んでくれていました。
———仕事をするうえで大切にしているのはどんなことですか?
僕たちは海水をもらって商売をしているので、やっぱり海に対する負荷は出来るだけかけたくないと考えています。
20年ほどここで仕事を続けてきましたが、ものすごい勢いで海の状況が変わってきていると感じます。海水温の上昇や磯焼けによって、海藻類が減ってきているんです。
漁業関係者に協力してもらい、その害となるウニを駆除し、畜養・商品化するプロジェクトや、月1回のビーチクリーンなどを通して、少しでも海を綺麗に保てるよう努めています。
幸いにも、糸島で働く同じ考えを持った仲間にも出会うことができました。
その仲間と一緒に、ビーチクリーンで集めたプラスチックごみを業者へ送り、アップサイクルで新たな製品に変える取組みも行っています。
———観光地として人気が高まっている糸島ですが、変化についてどう感じていますか?
そうですね、変わっていく事に反対とは言いません。ただ、その変化の中でも糸島の本質を見失わないで欲しい。
例えば、最近は海鮮丼がブームになっているけれど、その中にどれくらい地の魚がありますか?という感じ。せっかく糸島で商売をやるならば、地元の新鮮な魚や野菜、肉を選んで使って欲しいなと思うんです。
どんな仕事や商品であっても、お客さんに地元の良さを伝えてほしいと常々感じています。
ホテルやオシャレなレストランを増やしてリゾート化していくのも、悪い事ではありません。ただ一方で、糸島の1番メインの駅の商店街は相変わらずシャッターを閉じているお店が多い。
それってすごく矛盾していると思いませんか。
本来の良さに目を向け、もともとある場所や人も大切にしていかなければ、その違和感は大きくなっていくばかりです。
———いち企業として、そして経営者として、今後どのように糸島に関わっていきたいですか?
さきほどの話に関係してくるのですが、観光客だけでなく地元の人も行きたくなるお店を作ろうと、おととし、中心部に「塩そば屋 おしのちいたま」をオープンしました。
ありがたいことに、とても喜んでもらっています。これからそういったお店をもっと増やしていければと思います。
外から見ると多角的に展開していると思われるかもしれませんが、すべてはあくまでも塩を分かってもらうためのコンテンツに過ぎません。
会社を大きくしたいとか、利益を増やしていきたいという訳ではありません。何度も言いますが、商品の向こう側にいる人にただ「おいしい」と言ってもらう、それが僕の1番やりたいことです。
今後も、磯焼け対策や清掃活動など地に足のついた活動をしながら、自然に負荷をかけない塩作りを続けていきたいと思います。
INFORMATION
店名:
製塩所 工房とったん
住所:
福岡県糸島市志摩芥屋3757
電話番号:
なし(問い合わせは新三郎商店 代表電話 092-330-8732 へ)
営業時間:
10:00〜17:00
※7~9月は営業終了時間を18:00に延長
定休日:
年末年始
※記事内の情報は記事執筆時点のものです。正確な情報とは異なる可能性がございますので、最新の情報は直接店舗にお問い合わせください。